インスピレーションを作品に吹き込む時間
新たなインスピレーションを引き連れて油やへ戻り、作業をすすめます。大舩さんはふたつ目の版を刷り重ねる作業を行います。近松さんは、銅板を細かく細かく彫っていきます。そうこうしているうちに、大舩さんが油やを去る時間が近づいてきました。「もっと取材をしてトライしたい部分もありましたが……」と後ろ髪をひかれつつ、この地でつかんだイメージと、ベースとなる作品を持ち帰ることができました。
繊細な美しいグラデーションの色が、どのような作品につながるのか期待がふくらみます。
近松さんが作品に打ち込む独りだけの時間が続きます。アーティストの緊張感のある作業。カメラマンの才門さんは、できるだけ遠くから邪魔にならないよう気をつけながらの撮影です。そんな中、版の腐食を終えてあらたな線が浮かび上がってきたとき、プレスされて紙に初めて色がのったときに、ついカメラとともに吸い寄せられるように撮影していた、と振り返ります。制作過程での作品の息づかいもまた、特別な輝きを放っているのです。
作業はすすみ、いよいよプレス機を使用します。普段近松さんが使用しているプレス機よりも大きくて重いハンドル。一定の速度で回すのに苦労して、手にマメができたそうです。しばらくの作業ののち、ふっとその場を離れる近松さん。「作品から少し気持ちを離します」。このような“間”を置く時間も、作品づくりに必要なものなのですね。
しんとした別荘地の深夜の室内で、集中力が高まる作業時間。外から茂みでリリリ……と鳴く虫の音が静かに聞こえてきます。
翌日も気持ちのよいお天気です。「イメージだけはこの地でつくっていきたくて」という近松さんは朝から作品に向き合います。基本的には室内での作業になりますが、腐食した銅版を洗う時は、外の水道で。明るい空の下、太陽でキラキラと光る水にさらされて、銅版も気持ちよさそうです。
その後登場したのが小さな丸い銅の粒たち。近松さんの作品ではおなじみのモチーフで、自身の作業場からいくつかをピックアップして持ってこられました。その小さな銅版を最後に重ね刷りすることで、小片の版のくぼみが新しい表情を作り出します。近松さんも、無事にすべての日程を終えました。
近松さんと大舩さんともに、軽井沢で得たインスピレーション、作業した版、作品のモチーフなどをそれぞれの作業場に持ち帰って、仕上げにとりかかります。